I know that this is not goodbye
U2というバンドが昔から好きで,全く世代ではないのだけれども,ずいぶん好んで聞きます.どこで知ったかというと,ニュースステーションのオープニングなんですよね.なんて壮大で,きれいで,かっこいい音楽なのだろうと.高校生ぐらいだったかな.それ以来ずっと好きで,何かにつけて聞いているし,お店のBGMなんかで流れるとテンションが上がります.
人生のステージごとに好きな音楽があって,ニュースステーションのオープニング曲に使われていたWhere the streets have no nameは高校1,2年生ぐらい.そのあと,いろんなアルバムを聴いて,All that you can't leave behindにたどり着いたのが高校3年生ぐらい.颯爽としたBeautiful dayに始まって,何か励まされるようなWalk onとか,多分地味だけど安心するWild honeyとか.その中で,一番ぐっと来たのがKiteという曲なんですね.
この曲自体は,ちょっと重めの別れが語られている曲なのだけど,歌い方も曲調も,何か心に来るものがあって,受験期の廃れた精神をこの曲を聴きながら慰めていました.この曲のサビの一節がタイトルの "I know that this is not goodbye"というわけです.先に書いた通り,歌詞全体の文脈はちょっと重いし悲しいのだけど,迫りくる不可避な別れの中で「これはさよならじゃないんだよ」とつぶやいて終わるサビが,文脈を超えてぐっと来てしまっていて,何かしらの別れがある度に口ずさんでいたりします.
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第2期で配属された皆さんの卒業式が終わりました.6名が卒業し,4名が社会人になります.今の大学は3年生の秋に研究室配属があるので,およそ1.5年の付き合いです.短いですよね.あっという間だったように思います.配属面談をした日のこと,授業でいい学生さんだなぁと思って研究室に誘った日のこと,顔合わせの初日の緊張感など,すごく近い記憶として思い出されます.それでも多くの思い出があって,大体は笑っていて,時には思いっきり議論して,酒飲んで,ゲームして,濃密だったなぁと思います.
今年から研究室にソファとコーヒーメーカーを入れて,お昼休みには必ず学生居室でソファに座りながらコーヒーを飲むようにしていました.学生同士でわいわいしている時も,何かに緊張しているときも,少しの時間だけど何気ない日常を学生の皆さんと一緒に過ごすのがとても幸せで,ただ座っているだけの時もあれば,ちょこっと雑談するときもあれば,本当に何気ない日常でした.でも嬉しい時間でした.
多くの人にとって大学は最終学歴で,研究室というのはまさに人生の境界にあるんですね.時間は一方向なので基本的には出口なんですけど,思い出の中では入口でもある.だからこそ,研究室はいつでも戻ってこれる場所であってほしいと思います.なにも大学院に入りなおせと言っているわけではなくて,楽しかったあの頃に,ひたすらに一生懸命だったあの頃を思い出すために研究室があれば良いなと思います.それは逆行ではなく,逃避でもなく,リセットとも違って,いうなればリフレッシュでしょうか.卒業していく皆さんにとって,CMSLab.がそういう場であればこれほど嬉しいことはありません.ほんと,気軽に帰ってきてくださいね.
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受験生のころに大好きだったKiteは,大学生になってからもずっと聞き続けてた曲でした.何か初心に戻れるような気がしていたのだけれども,段々と感動が薄れていった気がしました.そりゃ飽きるだろう,という話なんだけれども,たぶん,人生のステージがやっと一歩進んだからなんだろうと今になれば思います.大学院生になるころには,少し趣向が変わって,吉松隆のMemo floraが大好きになりました.こんな美しい音楽があるのかと.就職活動しているときや研究室で作業している時に聞いていたような気がします.なので,この曲を聴くと,西千葉の夜の情景が浮かんできます.
三菱電機に就職して再び大学院生になるころには,Pat metheny groupのLast train homeが大好きになりました.何かをやり遂げて,少し誇らしげな気持ちの時に,わくわくするような,また,安心するような感情が,この曲とともにあったことをよく覚えています.人生で何番目かに努力していた時期に,次のステージへの決心を持って眺めていた,藤沢からみる夕景の富士山が思い浮かびます.
何かこう見ると,人生のステージが変わるごとに,その情景を写す音楽が変わっていて,逆にその音楽を聴くと,そのころの情景が浮かんでくるんですよね.だからこそ,ステージが変わると,違う音楽を聴きたくなるのかもしれない.ところが今は,未だにLast train homeの次を見つけられていないのです.もちろん,新しい好きな音楽は随時発見しているのだけど,人生を彩るような音楽,というわけではない.逆に言えば,超駆け出し研究者だった社会人博士のころの気持ちが抜けてないのかもしれないですね.それはそれで,良いのか悪いのか...
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卒業式の日の前日,何人かが研究室を片づけに来ていました.PCをリセットして,一通り清掃して,私のチェックをもらって,その後は,仲良くゲームして,お酒を飲み交わしていました.帰るぐらいの時間になったら,いつものようにマグネットを帰宅に合わせて帰っていきました.
卒業式の当日,学科別の学位記授与が終わって散会になった後,研究室単位で写真を撮ろうと集まりました.これは何かしゃべらなければと,1週間前から考えていたことを少しだけお話しして,写真を撮って,じゃぁ終わり!となるかと思ったら,「先生,Slackを見てください」と.貼られたURLにはデジタルな寄せ書きが.しかも,本文中で引用されている図つき.絶対泣くなと思いつつ,その瞬間までこらえていたのだけれども,見た瞬間に無理になりました.本当にうれしかった.その後,何度見返したかわかりません.
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自分の研究室を持ってから,手探りしながら3年,わりに光が見えてきたかなと思っています.もちろん,人は画一的ではないし,昨日うまくいったことが明日うまくいくとは限らない.それでも,それなりに自信がついてきた気がします.そろそろ新しい音楽がかかっても良い頃かもしれません.私も一生懸命頑張ろう.
もうすぐ桜が咲きそうです.
学科の良いところ
は,何ですか,ということをカメラの前でしゃべる機会がありました.事前に聞かれることを知らされていたので,思いを巡らせてみました.「余裕」という言葉に集約されるのかもなと思いました.それほど比較対象となる経験を持ち合わせていないのだけど,大学教員はなんとなく常に余裕がないような印象を持っている一方で,うちの学科は,あまりそういう色を見せない人が多いなと.おおらかというか,ゆったりというか,学生とも教員同士でも,長く談笑している光景をよく目にします.これは本当に良いなぁと思います.同時に,僕ももっと余裕のある過ごし方をしないといけないなぁとも思います.
気が付いたらもう年の瀬です.今年1年を振り返るような時期です.いやぁ,今年は余裕がなかった.いろんなことに首を突っ込み,手を出し,もともと予定されていた仕事も結構あったので,久々にてんてこまいな状態を経験しました.この震源は,昨年の半分以上の期間でくらって年末年始で終結した,ちょっと(どころじゃない)しんどい出来事だったのですが,たぶん,それが終わったテンションで変なアクティブスイッチが入り,自分が良いと思うことは積極的に手を出す,という方針で動いちゃいました.良いことなんだけど良くないですね.でも結果的に全体がいい方向に向かった気がしています.種をまけたといったところでしょうか.残念ながら主には研究じゃないところなのですが,教育や将来の研究につながるようなところについては,いろんな仕事ができた気がしています.多分,来年は楽です.
余裕がないことの何が嫌って,PIとしての職責を十分に果たせていないかもしれないことです.もっとちゃんと見て,もっと良い知識・経験を積ませることができたんじゃないかと思うことが何回もありました(もちろん,都度全力でやってますよ).そんな今年の私だったんですが,学生さんは本当によく頑張ってくれていると思います.私自身は余裕のない1年でしたが,皆さんしっかり進めてくれていました.私の見えない世界を見させてくれてくれている人ばかりです.これは本当に,心から嬉しい.そして,楽しい.忙しい忙しいの1年間でしたが,社会人になってから一番,楽しい嬉しいの1年間でした.大学教員になってよかったなぁと何回も思いました.本当にありがとう.
いくつか今年の嬉しかったことを記録がてら書き連ねると,まずは,扉を開けたら学生がホワイトボードを囲んでディスカッションをしていた場面に何回も出くわしたことですね.最高でした.あぁ,やっつけじゃなくて,ちゃんと自分のこととして,真剣に考えて,その中で楽しみを覚えてくれているんだなと感じました.思わず写真撮りました.いやぁ,本当にうれしかった.涙が出そうになりました.うれしくなっちゃったので,私も何回か教えるためにホワイトボードに説明を書いて,学生さんにレクチャーなんかしていたら,(うるさかっただけかもしれないけど)ほかの学生さんも参加してくれたりして,テンション爆上がりでした.これよこれ,これが研究室なんですよ.卒業後に使うかどうか定かじゃないような内容だけど,その場では真剣に興味をもって議論できる,純粋な知的好奇心だろうと想像します.素晴らしいですね.
あとは,先日行った国際会議,たぶん英語がそんなに得意じゃなかっただろうし,初めての大きめの学会での発表で相当に緊張していただろうけど,海外の方に尋ねられて一生懸命説明して,終わった後のやり遂げた表情に出くわした瞬間,ものすごくうれしく,誇らしかったです.
思い返してみると,大変だったけど,心から嬉しいことがいっぱいあった1年でした.基本的に全部学生さんのことですね.PI冥利に尽きます.昨年末のどんよりした気持ちとは違って,今年は晴れやかに新年を迎えられそうな気がします.来年は人も少し増えるし,私も研究できそうですし,楽しい1年になるといいなと思います.一緒に楽しんでいきましょうね.
定期的にチェックしているけど,長く更新してないっすよね,と突っ込まれたので,勢いで書いてしまいました.見つけられたら怒られそうなぐらい乱文ですね.覚悟しておきます.
From Now On
2025年3月12日,小雨が降りそうな天気の中で卒業式が挙行され,当研究室からは6名が無事卒業していきました.CMS研究室第1期生は東邦大学の第100期生だそうです.なんだか気持ちが良いですね.泣くかなぁと思っていましたが,かっこつけて泣けませんでした.帰宅して,ふと1年半を思い返して,喉の奥が少し痛く感じてきました.これは私の泣く前兆です.いやぁ,なんだかさみしいですね.
自分の研究室を持つのが夢で転職してきました.ぶっちゃけて言えば,前の職場に助教として居続けた方が,研究はずっと出来ていたと思います.でも,間違いなく,今の方が幸せです.忙しいし大変だけど,喜怒哀楽を若者とともに出来る毎日はこのうえなく楽しいです.大変だけど.
2023年に着任してから,すぐにプロジェクトというチーム実習の授業を担当しました.学生さんのレベル感が分からず,かなり手探りで必死でした.ただ,その分かもしれませんが,この授業をきっかけに私の研究室に来てくれる学生さんが多いのです.第1期の皆さんもそうでした.本当に嬉しいことです.
研究室運営も同様に手探りでした.どうやったら学生さんをエンカレッジできるのか,どういう距離感を持つのが適切か,など,本当にずっと悩んでました.結構なストレスを感じていた時期もありました.ただ,ここは本当に東邦大学の学生さんの雰囲気なのかもしれませんが,基本は真面目で素直なので,コミュニケーションをとりながら徐々にマネジメントできるようになってきました.終盤は2学年分の学生さんが居室に沢山居てわいわいやっている光景を何度も見かけて,心から嬉しく,自室に戻ってからちょっとニヤニヤしていたのは内緒です.
笑ったことも,怒ったことも,少し言い合いになったことも,今となっては良い思い出です.
今生の別れではありません.むしろ,これからが大人同士の付き合いのスタートだと思います.私自身もそうですが,母校はいつでもふるさとなのです.何の気なしに,ふらっと立ち寄ってくれれば良いんです.いつだって歓迎します.これから皆さんが歩む,私の知らない世界の話を聴きたいです.そうして世代が積み重なって,研究室をハブにして人がつながっていったら最高ですね.
あらためて,卒業おめでとう.そして,これからもよろしくお願いします.
第2期と卒論と
2025年になりました.早いもので東邦大学に来てから2年が終わろうとしています.研究室を立ち上げてからおよそ1.5年,第1期の学生の卒論執筆が進む中で,同時に第2期で配属された3年生の研究テーマが決まったり,進めたりと,なかなか忙しい毎日です.同僚の先生が「大学教員の師走は1月だ」と言っていましたが,本当にそうですね.嫌な忙しさではないですが,順調にいけばこれが後30回続くのかと思うと,果てしなく感じますね.
研究室はどうあるべきか,というのをずっと考えています.どうしても自分の経験が頭によぎって,出身研究室の雰囲気を追っているところがあります.出身研究室は良い意味で放任的なところで,大半が自由な活動をしていました.いわゆるコアタイムなどは無く,ゼミの発表も月に1回ぐらいのペースでした.そうするとサボってしまいそうなところですが,毎日結構な人が研究室に居ました.それこそ学部から修士,博士まで.朝の遅さなどは様々でしたが,一言で活気があったように思っています.PIになった今,私の理想像の1つです.
当事者だった私からして,なんで研究室に活気があって,毎日のように行っていたのだろうと思い起こしてみても「それが普通だったから」といった結論にたどり着いてしまいます.もとい,学部の最初の頃,夏休みぐらいまでは,それほど沢山の頻度で行っていなかった気がしますが,夏休み後からはバイト以外は結構な頻度だった気がします.学んだり作ったりすることを楽しく感じる性分というのも有りますが,大学に拠点が出来た嬉しさと,同期と良い関係にあったことも一因かもしれません.これこそ内発的な動機なのでしょう.
弊研究室は現在,部分的にコアタイムを導入しています.週18時間,週3日以上,半期で通算,というルールにしています.多分,一般的なコアタイムよりずいぶん緩いと思います.ルールはまさに外発的な動機なので,本心では乗り気ではないのですが,私の力不足で内発的な動機を誘因できませんでした.ただ,同時に,一定の強制力を持って研究室生活を体験すると,必然的に内発的な動機が生じてくるとも思っていますし,実際にそのきらいが見えてきているようにも思っています.なので,ルールを外すタイミングを探っているのですが,これは実に難しい.私の勇気が無いだけなのですが.
半年間試行してみて,良い面は多分にあると見えました.一番は互助,創発的な取り組みです.一緒の時間を同じ空間で過ごせば,必然的に関係性は近くなります.最初は同じ課題に取り組んでもらうので,わかりやすく互助も生まれていました.その関係は,研究テーマが分かれた現在でも継続,あるいは少し発展していて,プレゼンを複数人でチェックするような,とても良い光景を何度も目にしています.これは本当に嬉しいです.
一方で悪い面は,おそらく内発的な動機の出現を阻害しているであろうところです.学生からも言われましたが,在席を強いられている感覚は「だるさ」を生んでいるということです.それを言われたときは非常に苦しく感じました.そうじゃない,それをやりたいんじゃない,という気持ちです.まったく理想とは乖離しています.(それを言った学生は,それでも一生懸命頑張っていて,大変に感心しています.)
大学生はある程度,自己責任の下で行動することが求められます.特に,自分のキャリア,成長に関しては,相当量が自己責任です.それゆえ,自由があります.そのため,モチベーションは一様ではなく,これほどに個人を感じることは無いかもしれません.教員や大学は支援を惜しむべきではありませんが,自発的な行動なしに成長させることは容易ではありません.一方,研究室という組織では,必要な成長なしには研究が出来ません.それは卒業に達しないことを意味します.様々なモチベーション,スキルレベルの学生が所属する研究室において,ムラのある個人のモチベーションに依存した運営は正直なところ全く簡単ではないと思っています.なので,外発的な動機に頼らざるを得ないのが現状です.
落とし込むべきゴールはどこなのか,正直全くつかめていないのですが,試行錯誤的に解を求めていくのが当面の取り組みかなと思っています.楽であれとは思っていませんが,楽しくあれとは強く思っています.
今日,学生とコアタイムについて少し議論になって,自分の中で少し整理をつけた方が良いなと思って久々に筆(キーボード)をとりました.いやぁ,難しい.でもやりがいがある.この仕事は天職の1つかもしれないと,最近,よく感じます.
hitsujin
という店が近くにあります.行ったことはないのですが,通勤途上にあるので,電車通勤のときは横を通る,ジンギスカンやさんです.見るからに美味しそうなのです.研究室の懇親会を開くということで,私もお店を調べている中で,字面にドキッとしたのです.nishitsuji 中 is だけがないからですね.小学校の頃のあだ名に「めぇめぇさん」というのがあったのを思い出しました.Xで呟いたら,全くお会いし分野も随分違うけど,名字が同じな先生に同調してもらったので嬉しくてニコニコしてました.西辻さんにしか通じないですからね.
ということで,半年も前ですが,大学を異動しまして,研究室を立ち上げました.東京都立大・システムデザイン学部・電子情報システム工学科 助教→東邦大学 理学部 情報科学科 講師です.知り合いの先生からは「細かくステップアップするなぁ」と言われましたが,ひとまずは絶妙なところだと思っています.研究室を持て,教育等のエフォートは格段に増えますが,STが高すぎるわけではなく,授業数が多すぎるわけでもなく,絶妙なところだと思っています.
よく考えて,Computational Media System研究室と名乗っています.CMSLab.です.
ちょっとかっこよくないですか?笑 Computational PhotonicsとかComputational ***という研究室はしばしば見られるのですが,こういうのは,これまで計算機的な処理を加えることがスタンダードでは無かった学問分野に対して,Computational要素を加えることが新しいということがコンセプトなのかな,と思うので,私ごときだとその主張をする研究室の立ち上げは難しいなぁと.で,Mediaです.まぁ,悪くはないだろうと.
現在の所属は理学部の情報科学科です.そして東邦大学は私のかなり地元の大学です.10年ぶりに地元に帰ってきました.あな懐かしや,,,といったところではあるのですが,多摩地区とは言え東京に5年間住んでいたので,やはり東京は東京だなぁと感じるところは少なくないです.これはポジティブにもネガティブにもで,ポジティブは花粉症が少し楽,ネガティブには信号が見にくい(LED化がされていない)とかですね.後,道路が狭いのはかなりつらい.更にはバイク乗りですから,気軽に行ける山が遠いというのは刺激不足ですね.下手なりにもワインディングを走っていると気持ちいいし,技術維持・向上にもなるので,手近なコースを探したいところです.
4月の着任から6ヶ月,弊学科は3年生の秋学期(後期)から研究室配属が生じますので,第1期生として6名が配属されました.めでたい.セミナーという形なので,正式には卒業研究の開始というわけでは無いのかもしれませんが,実質的に同じなので,今から卒研に向けた研修を開始しています.また,第1期で研究室に誰も居ないので,個人席と開発環境を用意して,来い来いと言い続けています.真面目な学生さんばかりなので,時間が許せば研究室で作業していて,大変感心しています.努力は報われる!いいぞ!
研究室の意義とは,みたいな話を,研究室内でしました.研究活動の意義は研究成果を上げることが最もなのですが,教育も重要であるので,学生さんには,自分の能力を上げるために研究活動を使うことを最優先に,結果として研究成果が挙がれば素晴らしい,というスタンスで話しています.研究成果を教員が強く求めすぎるのは,やり方と学生のモチベーション次第ですが,活動の動機が外発的なものになってしまって,ともすれば研究が義務的に,つまらないものになろうと思っているからです.私は自分の考えで,自分の力で何かを成し遂げて得られる快感は何にをも代えがたいと思っています.それには内発的な動機が不可欠なので,ぜひ学生の皆さんには,とにかく自分のために動いてほしいと思っています.全力で支援します.また,そうすれば,研究の面白さも分かってくる時期が来るかなと思います(職業として選ぶかは別の話).
学生主著+私が責任著者の論文を初めて出すことができました.都立大時代から一緒にやってきている学生さん(M2)の論文です.大学教員になってから,学生の主著論文をプリントしたマグカップをプレゼントすることを目標にしてきたぐらいなので,結構,相当,嬉しいです.研究業績は学生に強くは求めない,というのを基本スタンスとしていますが,自己実現と業績創出が両立する研究室が何よりの理想なので,今後も続けていきたいところですね.
久々に「線のホログラフィ」以外の主著論文を書きました.とはいえ,結局過去と似たような話を展開しているんですが,少し発展性があるかなと思っています.予算が取れるかどうかは腕次第ですが,深掘りしていこうかなと思っています.
さて,秋冬です.秋が短くなって寂しい限りですが,良い季節です.また,出張も多くなり授業も始まって忙しくなる季節ですが,今のシチュエーションを楽しみたいですね.
思い立ち出来上がるまでの大変さ
都立大の某先生のブログタイトル集に倣って,575調に.情報公開の雄とも言えるような某先生だが,どうやら来年度から転出されるらしい.年収とか公開されていたので,赴任するときには一方的に参考になっていた.学科が違った+コロナ等々で直接お話したことは無かったが,もっと喋ってみたかった.
年に1~2本ぐらいは論文を書こうと思っている.できればまともな論文誌に載るような内容にしたくて,パッパカパッパカ小分けにして出すようなことはしない(できない)のだが,ゼロベースで作ったネタなら結構な勢いで楽しくかけるんだが,ある程度なれてきたテーマは,新規性を明確に主張しないといけないから手間が増える気がしている.というか,自分の慣れている範囲から少しでなければ行けないので,学習コストが程々にあり,時間がかかってしまう.
7月ぐらいから手を付けていたネタがあり,早々に数値シミュレーションでうまくいくことが予想できていたのだが,苦手な光学実験でつまづきまくり,4ヶ月ぐらいかかってしまった.今週やっとうまく行って,なんとか論文化できそうな見通しが立ったので,きっちり書き上げなければ.いつPublishするかはちょっと色々あるんだが,とりあえず一安心.このネタはそろそろ一段落になりそうなので,残りを淡々と進めつつ,新しいネタの開拓をしよう.実はこの開拓作業が一番楽しく,一番苦しい.予算とかの余裕があるときじゃないとやってられん.ネタがひらめいたときの快感をただ求めている.
しかし,結構躓いたおかげで,知識・技術・経験と得たものが多かった.光学系はフリースペースの細かい手作業が必要なものから,ある程度,機械的に調整可能なケージシステムで全部作ったし,アルゴリズムも知っていたが使ったことのなかったものを適用して,関連研究や最新動向も一気に調べられたので,とても良かった.その結果として今までかなりノイジーで言い訳が必須だった光学像が,まぁまぁきれいになってきたので,いくらか自信がついた.この勢いで,ずーーーっと避けてきた機械学習もやってしまおうかなんて思ったり思わなかったり.
研究は一人でやれたら楽だと思っているが,学生がいると,強制的に自分自身がいろいろ考えなければいけなくなるので,そういう状況・環境は,大変だけど悪くないんだろうと想像している.お世話になっているある先生も,研究室を主催するようになってから一気に研究が進展した,とおっしゃっていた.ただまぁ楽ではないので,うまいやり方を模索するというのも重要だなと実感している.
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最近,大型二輪免許を取った.仕事は淡々と進めているので,少し刺激がほしいなぁと思っていたところ,Youtubeで見ていたバイク関係動画で「いまお買い得な中古大型バイク!」的な動画を見ていたら,ほしい条件をすべて満たすようなものがあった.goobikeで相場を調べたら買えるが球数が少ない車体だったので,某赤と黄色の中古車やで調べてもらい,状態の良いものが見つかったので,免許の前に車体を契約.その足で普通二輪を取った教習所に駆け込み入学.初回は3週間後と言われたが,早くほしいのでweb予約システムを張り込み,キャンセルをハイエナしまくって,1ヶ月程度で無事合格.4気筒のツアラー,ミドルクラスの600cc,最高です.
"M1で論文を書く研究室の運営"
白木賢太郎「M1で論文を書く研究室の運営」生物工学会誌,97巻11号より
筑波大学の白木教授(全く知り合いではない)が書かれた特集記事がTwitterに流れてきたので読んだ.PIとしての研究室運営に関すること.
要約すると
- ゼミ運営
- 週2回
- 雑誌会
- 最新の論文を学生が紹介.
- 科学の型(背景,課題,目的,方法,結果,考察,波及効果)に分け,図を2つ選択,A41枚にまとめる=要約編集
- 週例会
- いわゆるゼミ.隔週で発表
- データを示すだけでなく,書き言葉で発表(なるほどと思った)
- 再現性のとれる確実なデータのみを発表
- 失敗したデータについては発表しない.
- 実験中に解決しておくべきこと(なるほど)
- 図表も英語で完成版を作る
- これらの積み重ねがそのまま論文化に直結
- 雑誌会
- 週2回
- 朝輪
- 朝9時から30分間論文を読む会.
- 雑誌会とは違うのかな.
- みんなで同じ論文を一緒に読もうとする会のよう.
- 30分でやるので効率的に読むための工夫を伝授
- 要旨の和訳(2人で分担)
- パラグラフリーディング
- 数字
- 略語
- 重要な接続詞(Howeverなど)を含む文
- 結果のパートは図表だけを読み解く(∵本文は図の補足)
- このときの教員の関わり方が知りたい
- 終了後4年生は30分の感想戦(vs 教員)
- 新人指導
- 上級生が下級生へ,のポリシー
- 教えることが最大の学びであるため
- 4週間(これは何??)に及ぶB4の計画をM1が指導して立案
- 多分,B4の初期研修をM1がやると言うことだろうか
- 研究テーマ自体の設定,選択も・・・
最後に,「研究には内容と方法がある.学生には方法をいち早く伝授し,自分で研究の内容やテーマを着想して推敲できるように教育するのがいいと思っている」と書かれていた.
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